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<続き>


山陽旅行その10



広島県・広島3







国指定名勝・縮景園



広島藩主・浅野家代々によって造園された大名庭園。







イメージとしてはミニ六義園な感じ。正直そこまで大したことないかな..........



被曝の歴史を刻んだ土地で、水を求めて肌の焼けただれた被爆者の人々がこの庭園の池の水を飲みに集まり、次々とそのまま息絶えていき庭園内は死者の遺体で溢れたという。



現在でも園内には供養塔がある。







跨虹橋。縮景園のシンボル。原爆の爆風にも耐えた石橋。



小石川後楽園の円月橋のミニサイズ版な感じだが前者と違いこちらは上を渡らせてくれる。







この縮景園、本園の前庭では多くの枝垂れ桜や桃が満開になっていて大変華やかで正直こちらの方が見応えがあったかも。

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<続き>



山陽旅行その9



広島県・広島2







広島城



広島藩・浅野氏(初め毛利、関ヶ原以後は福島正則が入城)の居城にして城下町・広島の中心地。代表的な平城の一つ。



現在残されているのは城郭の僅かな一部で殆どは明治時代に破却・埋めたてられて市街地化しており、天守周辺が広島城址公園として整備されている。







唯一残っていた創建時の建造物である大天守も原爆の爆風により倒壊。もし天守が残っていれば広島のシンボルは原爆ドームではなく、この大天守であったに違いない。



現在のものは鉄筋コンクリート製の復元だが壁面には木材が使われているので何処となく古建築の趣がある。







天守からの眺望。桜はまだこの頃ギリギリ満開。
 
 
 




こちらは二の丸前の復元された櫓群。ちゃんと木造で内部見学も出来る。







城内にある廣島護國神社。戊辰戦争から第二次世界大戦に至る近代戦争、広島の原爆の犠牲者を祀る。









世界平和記念聖堂



村野藤吾による設計の斬新な教会建築。中のステンドグラスのデザインもまた斬新。国指定重要文化財。



広島の隠れた観光名所になっているようで意外に外国人の姿が多く目についた。









不動院



広島の隠れた観光名所その2



安芸安国寺。原爆の爆風による倒壊被害を免れた寺院で安国寺恵瓊が山口より移築したという金堂は国宝。鐘楼・楼門などは重要文化財。



禅宗様の傑作とされる堂々たる金堂は..............   現在修復中で覆いで囲まれ中に入れず..............................









京橋川沿いのカフェにて。



オープンテラス併設に白壁・白クッション、BGMはシカゴハウスをはじめ一昔前のクラブミュージック........



何か都内では気が付けば姿を消してました系なお店。



<続く>

山陽旅行その8



広島県・広島







世界遺産



原爆ドーム





いわずもがな広島のシンボル。元は物産陳列館として建てられた建物。



世界で最初に原子爆弾により被曝した広島という街の生き証人であり、アウシュヴィッツ収容所と並び「負の遺産」の代表例とされる。



1945年8月6日午前8:15、建物から見て南東上空で投下された原子爆弾リトルボーイが炸裂。当時建物内部にいた人間は皆即死したという。







第二次大戦で空襲を受けたヨーロッパの街などで破壊されたままの建物(教会等)がモニュメントとして残される例は多い。日本も非戦闘員を巻き込んだ無慈悲な戦略爆撃により全土が焦土と化した。



アメリカ人は今でも不必要な犠牲を出さぬ為・戦争を早期集結する為であったと主張するがフェアな視点に立とうとすればそれもあながち否定はできない事実ではある。現実にアメリカ軍は日本本土上陸作戦を立案していたうえ、更に悪いことには当時ソビエトが北方領土どころか北海道の武力制圧を狙っていた。戦争が長引くことは表向きには日本にもアメリカにも一理もないことであった。



一方で多大な税金をつぎ込んで作り上げた「原子爆弾」という新兵器の価値を内外に示す必要があったこと。その為に実験場として都市に対してこの新兵器を使う必要がアメリカにはあったということ。



あの時点でまだ少しでも自分達に有利な終戦工作を計っていた日本にしても二枚舌は同じ。誰にも正統性を宣言する権利などない。



「戦争犯罪」等という同義語を並べた言葉自体が必然的に矛盾を孕んでいるというものだが、故に広島に対する原爆の問題も安直に認識するべきではないと考える。



だからこそ、「広島」が現在においても偏ったイデオロギーの道具として利用されている事実に憤りを覚える。左翼が扇動している原発問題にしてもしかり。



第二次大戦を引き起こしたのは「そういう連中」であり、それを後押ししたのは結局は盲目な民衆である。また、最も犠牲を強いられたのも民衆であった。







桜と原爆ドーム。







平和記念公園



元安川と旧太田川に挟まれたデルタ地帯に位置する。かつては広島で最も栄えていた地域という。



広島平和記念資料館があり、元安川の対岸には原爆ドームがある。少し意外にも思えるが国の名勝に指定されている。



かつてはシンプルな緑の公園であったそうだが今では様々なモニュメントが立ち並ぶ公園となっている。



以前の姿の方が個人的には良かったんじゃないかなと思ったりもするのだが..........







原爆供養塔。







広島平和記念資料館。



展示内容には抵抗を覚える人もいるだろうが広島に来たからには一度は行くべき場所。



思いの外、外国人(白人)の姿が多い。やはり原子爆弾に対する関心が高いものと思われるが世界的に見ても平和記念資料館の展示資料・解説の質、フェアな視点には定評がある。



資料館の建物は丹下健三による設計で戦後モダニズム建築の傑作とされ、国の重要文化財となっている。



<続く>


<続き>



山陽旅行その7



広島県・宮島4







◆大元神社



厳島神社が創建される前から存在するという古社。



国指定重要文化財の本殿の屋根の様式は特異なもので大元葺と呼ばれ、ここでしかみられない形状のものという。







周囲は桜の名所。人も少なく穴場。



この社を進んだ先の傍にも弥山への登山ルートがある。







大元公園から清盛神社へと歩いている途中にて。



宮島にはこのような趣ある建築があちらこちらに残っている。









◆弥山山頂



宮島の最高地点。この巨石群は古代の山岳信仰の跡という。



普通であれば徒歩で登山したいところであったが今回は時間がなかったのでロープウェーを使ってしまった.........(それでもロープウェーの駅から山頂へは少し登るが)






少し雲がかかってきてしまったのが残念だったがそれでも圧倒的な眺望。瀬戸内海の島々が一望。



貴重な植物の多い弥山の原始林は国の天然記念物にも指定されているが...............



気になったのは松くい虫が現在進行形で大暴れしていること。



ロープウェーから眺めるとあちらこちらで白骨化している松の木が目についた。また、葉が茶色く変色し始めて死にかけている松も多数。



歯止めをかけようとしてももはや山全体が松くいの猛威に感染してしまっている現状、難しい課題ではあるがなんとかならないものだろうか。







山頂へ登る途中の石門


まあ、似たようなものは関東の山にも....................



下山した頃には日が暮れかけていた。









大鳥居ライトアップ。



干潮時だとあまり綺麗に見えない.........

<続き>



山陽旅行その6



広島県・宮島3







◆多宝塔



厳島神社社殿を見下ろす小高い丘にある。



神仏習合時代の名残ではあるがよく明治期の神仏分離が叫ばれた時代に破壊されなかったものだが。



周辺は桜の名所で一年の間で最も華やかな時期。結婚式の撮影会をやっておりました。







桜に包まれた丘から大鳥居方面を望む。







五重塔方面、下には厳島神社社殿。



上から見下ろすと全体の構造形式が良くわかる。









◆大願寺(左上には多宝塔、そして宝物殿)



高野山真言宗派の古刹。



廃仏毀釈の際に厳島神社から移された多くの貴重な仏像を安置するという。






本堂前にびっくりするような形状の松がある。


九指の松だったかな?









◆五重塔



大鳥居と並ぶ宮島の「顔」



宮島きってのイケメン建築。禅宗様の屋根の反りが美しい。







イケメンなので島内のどこから見てもたいへん絵になります。









◆千畳閣(豊国神社)



秀吉を祀るが元は仏堂建築。



巨大な建物で豊臣秀吉により創建、その急死により造営計画は中止され、未完成ということになっているが外観はほぼ完成している。




 
 
 
千畳閣で見るべきはこの天井の梁。物凄いです。







千畳閣と五重塔。この周囲の丘は厳島合戦時、陶軍の本陣となった場所という。









◆大聖院



真言宗御室派大本山。厳島神社の別当寺。







弥山山頂への登山ルート入口に位置する為訪れる人も多い。







紅葉の名所で有名ですが桜もあります。



<続く>

<続き>



山陽旅行その5



広島県・宮島2








◆厳島神社



言わずもがな宮島の「顔」



島そのものを御神体とし、その信仰の歴史は社殿が創建された推古天皇の時代よりも更に昔に遡るという。



よくフランスのモン・サン・ミシェルと比較されるがそれは信仰においても然り、岩礁自体を巨大な修道院に造り変えたフランス、手つかずの山を信仰対象としてそのままの姿にして残した日本との間で文化の根本的な違いを感じさせる。



神社の知名度の割に厳島神社の祭神をちゃんと把握している人って殆どいないと思うんですが............玄界灘の沖ノ島・宗像大社に祀られる宗像三女神、田心姫命・湍津姫命・市杵嶋姫命である。



特に厳島(いつくしま)という名前は市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)から来たともされている。



これら三柱の神は日本書紀にも記されていることによれば、天照大神が弟のスサノオとの誓約時、スサノオの剣をかじりそこから吹いて生まれた神とされ、スサノオの娘に当たる。





厳島神社のその独特な建築は陸からせり出した海上に造られた社殿としてあまりに有名。現在の社殿は平安期に平清盛によって造営されたものが原形となっており、その建築物の殆どは国宝・重要文化財。



一日の間の潮の満ち引きによってその表情をまったく変える。







満潮時



海上に浮かんでいるように見えるとも言われる厳島神社が最も美しい時間帯。



海上の波が陽光によって照らし出され社殿の天井にに揺らめく様が何ともいえぬ美しさ。



どのようにしてこんな不安定な足場にこのような大建築を建てたのか? 考えることは同じなのかヴェネツィアの街と似たような様式で、無数の木材の杭を打ち込んで各々の柱の足場を固めているらしい。







神社建築では拝殿背後の見えにくい場所に位置しているので見過ごす人が多いが最も重要な場所となる「本殿」(国宝)







干潮時



陸からでも社殿の姿を正面から眺めることができ、足場の構造なども詳しく見ることができる。







宮島のシンボル・大鳥居までも歩いて行ける。皆が待っている記念撮影タイム。



しかし足場が悪くなっているので注意しなければいけない。足元がブーツだと便利。







満潮・干潮の時刻は日によって異なる。(宮島の公式観光ページに詳しい)



この日の干潮は夕暮れの時間帯、一瞬軽く雨が降ったんですがその後微かに夕日を浴びてレインボーが!







厳島神社の夕暮れ。



若干曇ってしまったのが残念ではあるがこれはこれで。



<続く>
4.8

山陽旅行その4



広島県・宮島







世界遺産

 
特別名勝・特別史跡



厳島(宮島)





あまりに有名過ぎてもはや説明不要、日本三景の一つ・「安芸の宮島」




正に何処を向いても絵になる風景、山陽道観光の目玉。



日本を代表する名勝の一つと言っても過言ではなし、厳島神社の特異な建築を抜きにしても海と山の魅力がここまでコンパクトに凝縮された場所というのも珍しい。







宮島口からフェリーに乗って宮島まで移動、眼前に宮島の勇壮な姿と厳島神社の海中の鳥居が見えてくる。







どこもかしこも桜が満開でたいへん賑やか。紅葉の時期には一度来たが桜のシーズンは初めて。



宮島といえば紅葉のイメージが強いが桜も中々。







宮島ということでお馴染み平清盛公銅像。前からあったっけ?この像。







同じく宮島名物の鹿。全体的になんか以前よりも大分大人しく感じられた。奈良の鹿の方が余程凶暴。







これは少し怖い.........  角の生えた鹿。



<続く>
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