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計人之所知、不若其所不知
其生之時、不若未生之時
以其至小、求窮其至大之域、是故迷亂而不能自得也


人の知は未知の世界の領域には及ばず
人の一生の長さは生まれる前の悠久の時には及ばない
小さな存在で大きな世界を窮めようとするが故に迷って心は安らかになることがないのである


荘子・外篇 「秋水篇」





人為的な事物を自然のあり方に背いた「背理」として忌み嫌い、無為自然を説いた古代中国の思想家・荘子。



その著作は「内篇」「外篇」「雑篇」からなり、そのうち「内篇」が荘子自身の著であると言われ「外篇」「雑篇」は後の時代の補作的側面が強いとされるが外篇の一部でありながらも「秋水篇」は原文の美しさ、荘子特有の逆説的論法の華麗なること古来より至高の名篇として名高い。



「井の中の蛙、大海を知らず」の元ネタが含まれる等日本人の精神文化に与えた影響も大きく、湯川秀樹も愛した「知魚楽」として知られる荘子と恵子の濠梁問答も非常に有名。





中でも個人的に秋水篇のこの個所が好きなんですが。



毎年肌寒くなり、木々が紅葉し始める季節になる度に頭の片隅に思い出す。



世の中コンパクトになっているように見えて内実は不必要に複雑化しているだけだからな。



..............この冷たい雨で紅葉も散ってしまうな................




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最近よく言われるようになってきたが



色々な意味で中性的な側面が更に強くなってきてるっぽい



草食男子(死後?)の   その先



少々自覚している点もあるのであまり宜しくない傾向だな。





でも今の世の中、誰もが盲目的に虚無的な合理性を追及し過ぎていて様々な事物が物凄い速度でそれまでの外形を失いつつあるというか.............



こんな御時世で正気を保っていようとするともはやそれこそ「色々な意味で」中性的な傾向に陥りざるをえないように思われるのだが



どうなんだ。



保守的過ぎか。




最近はといえば無性に美味しいオムライスが食べたい。



誰か行かないか。

 



秋ということで



この間、昭和記念公園のコスモス畑に行ってきました。



前日の飲みのアルコール残りのせいか、カラフルなカラーが妙にチカチカとサイケデリックに映ったものだが。



携帯カメラ如きで撮影できる被写体ではないですね。風向きのなすがままにユラユラユラユラせわしなく揺れる花なので綺麗に写せないです。



しかし改めて思ったのだが....................



コスモスってそれ程好きくないかもしれない。



やはり外来種の植物、あまり日本的ではないというか。清楚なキキョウとかの方が好きです。



山門や石塔が有名な奈良の般若寺では所謂観光寺としての「アジサイ寺」に対抗してか境内にコスモスを沢山植えて「コスモス寺」を名乗っているが何もお寺でそういうことすることないんじゃないかなと思ったりもする。



ところでコスモスの花だがよく見るとこういうのがよくくっついている。








日光は関東地方きっての紅葉の名所。



しかし標高差が大きい関係で一度に全ての名所が見頃を迎える訳ではないので長く紅葉が楽しめる。



まず奥日光の草紅葉から始まり、それから竜頭の滝や湯滝・湯ノ湖、戦場ヶ原。



奥日光が終盤に差し掛かるとそれから中禅寺湖河畔や華厳の滝周辺の紅葉がピークになり、秋の日光名物のいろは坂の渋滞地獄が始まる。



日光市街地・東照宮周辺や霧降の滝は一番最後。



というわけで先日、奥日光の紅葉ハイキングに行ってきました。今の時期はいろは坂の渋滞もなく、快適で穴場。






スタート地点の竜頭の滝。日光の数ある名瀑の中でもとりわけ紅葉が美しい。



草紅葉の類を除けばここが日光で最も紅葉が早い。



今まさに見ごろ。数日後であれば更に紅葉が進んでいたと思う。



竜頭の滝を後にし、熊が出没するという(熊よけの鈴を用意してない私)森の中の自然歩道を延々と歩く。








視界が開けて戦場ヶ原に出る。空も晴れて眺望は良好。男体山の勇壮な姿が目前に迫る。



草紅葉はもう終盤か。もう暫くすると周囲のカラマツの黄金色の黄葉が始まり更に美しい光景になる。



ここで直進して湯滝方面を目指すか、小田代ヶ原方面まで折れるか。現地で決める予定だったんですが取りあえず湯滝まで歩くことにする。







湯滝までの森の中の道。カエデの美しい紅葉があちらこちらで見られた。



そして日光屈指の名瀑湯滝。







前々日の雨の為か水量が多くて迫力がある。周辺の紅葉は大分色付いてはいたものの、見頃のピークはまだこれからといったところか。



 



湯滝の横の坂を上り、いままで歩いてきた光景を眺める...............







湯滝の水源となっている湯ノ湖。標高もここまで高くなると大分雲が落ちてくる。あちらこちらで綺麗に染まった紅葉を見ることができたがここもピークはまだこれから。



まだ足に全然余裕があったので湖沿いの自然歩道をぐるりと一周。大分歩いたがさてこれからどうするか?



湯滝を降りて小田代ヶ原の分岐点まで戻り、そのままぐるりと横断し竜頭の滝まで歩いて戻ろうという自分の健脚を過大評価した計画。







延々と森の中の自然歩道を歩く。もう午後に差し掛かっていたので歩いている人も大分減っていた。(奥日光は日の沈みが早く、夕刻は熊との遭遇率が増すという)






小田代ヶ原に出る! 日が若干落ちて逆光になってしまっていたのが残念。



ここの草紅葉は綺麗なことで有名ですがピークの頃は赤いカーペットのように見事なのだそうで。



この後、小田代ヶ原を縦断して再び森の中の道を進み、石楠花橋まで戻ったのだが..........



最悪の選択だった。草木が生い茂る悪路。時間帯的に歩いている人もほとんどなく、雰囲気的にいつ熊が出てもおかしくなかった。(ツキノワだから死にはしないだろうが)



なんとか石楠花橋まで戻った頃はクタクタで景色を楽しむ余裕もありませんでしたが。何せこの日、無飲無食でほぼ休憩なしの歩きっぱなし。



しかしこのエクスタシーはどういうことだ。

 



国指定重要文化財・日本橋



日本三名橋はここと岩国の錦帯橋と長崎の眼鏡橋........だったかな?



車で通り過ぎることはあってもこうしてゆっくり歩いて渡ったのは初めてかも。



現在のものは明治後期に架けられた石造の19代目。戦後に頭上を首都高が覆い、その見事なまでの景観破壊ぶりはよく話題に昇る。



しかしまあこのカオスな都市計画・ダイナミックさは良くも悪くも現在の東京という都市の横顔をよく(て言うかわかりやすく)現わしている事は間違いない。







日本橋界隈をゆっくり歩いたのも久し振りのような。



戦前の豪壮な建築群と常に変化を続ける街並み。



見慣れていたはずであったのに



時として随分と見慣れぬ街のように映る。





正直あまり好きでなかったのかもしれない。

 



近所のペットショップにて。ハリネズミのベビー。



うちの小次郎もチビの時は.........掌の上で抱いてたらそのまま寝ちゃったりとかして可愛かったんですがね。



今はすっかり警戒心ついて神経質になってしまったが。









↑ お迎えしたばかりの頃の小次郎ちゃん。



↓ グレた後の現在








 


以前程噛み付きはしなくなったが................



モコちゃん♀と違ってこの子は相変わらず色々と難しい。



取りあえずトイレシート食い千切ってボロボロにするのはやめれ




萩の花と初秋の海を求めて



ぶらり鎌倉散歩。





◆宝戒寺
 
 
 
 

 
 
「萩寺」の異名を持つ鎌倉隋一の萩の名所。境内の萩はほぼ白萩で統一されており清楚な印象。



大体見ごろだが強風で散ってしまったものも多い。



宝戒寺は鎌倉幕府執権・北条氏の館の跡地と伝わり、一族郎党の菩提を弔う為に後醍醐天皇の勅願により足利尊氏が創建。





◆英勝寺
 
 
   
 
 
 
こちらは彼岸花の名所。家康の元側室・英勝院により江戸初期に創建、以来尼寺として知られる。



満開の状態になると鐘楼の前が真赤に埋め尽くされるそうだがピークにはもう少しかかりそう。しかし綺麗に咲いているものも多くほぼ見頃と言って差し支えなし。



去年来た時は数本しか咲いてなく「ん.......?」と思ってしまったのだが何故か去年は全国的に開花した彼岸花が極端に少なかったそうです。





◆海蔵寺
 
 
   



ささやかな寺ながら鎌倉通のリピーターには強い人気を誇る海蔵寺。いつ訪れても境内には何かしらの花が咲いている扇ガ谷の名刹。



宝戒寺と並ぶ萩の名所で山門前の階段を埋め尽くす萩のトンネルは圧巻。白萩は見頃、その他は若干見頃過ぎか。でもまだ綺麗。





◆浄光明寺
 
 
 
 
 
 
ここも萩の名所だが大分くたびれておりました。足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻す前に当寺に謹慎していたと伝えられる。



かつてはかなりの規模を誇った寺であったそうだが今では周囲の仏閣と同様、鎌倉らしいささやかな寺となっている。



重要文化財に指定されている鎌倉時代の三尊像が非常に有名。





◆由比若宮
 
 
 
 
 
 
元八幡とも呼ばれる。鶴岡八幡宮の前身であり源頼義が前九年の役後、この地に石清水八幡を勧請し社殿を造営した。



現在の鶴岡八幡宮の地に遷座したのは鎌倉の都市整備がなされた頼朝の時代。





◆稲村ケ崎~七里ガ浜
 
 
 





鎌倉攻めの際に新田義貞の本隊は極楽寺坂の切通を攻撃したが幕府側の防備が固く、死体が累々と重なる激戦の中で中々口を突破できずにいた。



そこで義貞は南無八幡菩薩を唱え、刀を海に投げた。すると潮が引き、その隙に義貞の軍勢は海岸を渡り幕府軍を背後から強襲し極楽寺口を突破・鎌倉市街地に突入した。



太平記にも記される有名な「稲村ケ崎の奇襲」であるが信憑性の低い伝承的な側面が強い。



小町通りの露西亜亭でピロシキ買ってここまで持ってきてぽけーっと海を眺めながら食べていた。独りで。



午後になって曇りがちになったが本日は波が強くて迫力がある。風が強い為か鳶もあまり飛んでいない。
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